1999年3月31日、私は12年の任期を終え、日本聖書協会総主事の任を退職いたしました。年令が65才に達したためいわゆる定年退職です。実は前年4月に年令に達しましたが、理事会のご指示で、年度一杯責任を継続することになったのです。
それは「聖書 新共同訳」発刊に始まる嵐のような日々でした。ここで総主事時代の12年間約4,400日の記録をご紹介しておきましょう。
- 説教、講演、セミナー等
教会 説教134回
学校 延べ 46校
団体 講演32回
地区会 22回
教師会 11回
聖書展での講演 48回
放送出演NHK BS1 1回
説教・講演等の会場の聴衆累計 39,959人
- 出張 1,006日
全日数の 23.2%
内 海外出張 449日
全在職日数の10.2%
- 文書通信 4,693通
それこそ嵐のような日々でしたが、「聖書 新共同訳」発刊にともない、実に多くの皆さんがご興味をお持ちくださり、いろいろな機会に聖書翻訳とその経緯についてお聞きになりたいとのご意志にお応えするものでした。
私は聖書協会に入社して、改めて聖書の歴史の素晴らしさに圧倒されました。それでたちまち「バイブルロード」という拙著を出版することになりました。私にとっては初めての出版で、それこそ聖書の歴史への驚きをできるだけ多くの皆様にご報告したいというひたむきな思いから、短時間の内に書き上げたものでした。さらに、いろいろな歴史資料を多くの皆様にご覧いただこうと始めたのが「聖書展」でした。職員の努力はもちろんのこと、地域教会のご理解とご協力もあって、実に多くの方々にご来会いただきました。私の在任中に22の都市で開催し、7万人余りの方のご来場をいただきました。その影響かどうか分かりませんが、「聖書 新共同訳」発刊5年足らずの1992年5月9日には、100万冊発布達成の感謝礼拝を淀橋教会で開催することができました。私は、聖書展が、多くの皆様に聖書の素晴らしさ、大切さを改めてお報せすることができ、予想以上に多くの聖書をお届けできるきっかけになったと今でも信じ、聖書協会本来の使命を幾分でも果たすことができたと感謝しています。
聖書協会の退職規定より、私は、1999年3月末、定年で退職することになりました。問題は後任の総主事の選任です。これは理事会にお任せすることにして、私は一切口を出さないことにしました。当時の理事長は救世軍の吉田中将でしたが、ある救世軍士官が亡くなられた際、ご遺族になられたご長男の方がよいのではというお話しが理事長からありました。私は仕事上のことについてお尋ねの件にはお応えしますが、それ以上のことは理事会でお考えいただきたいとお願いしました。そのようにして選ばれ、就任されたのが現総主事であられる渡部信牧師です。引き継ぎはよく聞いていただけず満足のいくものではありませんでした。総主事のお働きは本当にご苦労の多いことと思いますが、がん張っていただきたいと思います。
多くの方々のご支持をお願いしながら、このコラム「日本聖書協会 12年の日々」は終わらせていただきます。ご精読ありがとうございました。
2003.Jun.25