画像で見る聖書の歴史
資料編11
ギュツラフ訳 ヨハネ福音書
日本聖書協会 前総主事 佐藤邦宏

 このコラムでは、聖書の歴史資料、写本、翻訳等を画像でお目にかけようと思います。それはわくわくするような世界です。さらに聖書を身近に感じていただいて、お読みになりたいという意欲をお持ちいただきたいと願ってお届けいたします。
 なお、わたしは、これらの画像の内、68ほどをオーバーヘッド プロジェクター(OHP)のフィルムにして、多数の方々に、ご説明しながらご覧いただけるようにしています。ご利用いただければ幸いです。なお、この文の最後にご案内を掲載いたしますので、よろしければご利用ください。

11 ギュツラフ訳 ヨハネ福音書
ギュツラフ訳 ヨハネ福音書
 1837(天保8)年、ドイツ人宣教師カール ギュツラフが、尾張の漂流船員らの協力を得て、マカオで始めてヨハネ福音書を日本語に翻訳し、それはシンガポールで印刷されました。現存する最古の日本語聖書です。
 聖書の翻訳という場合、少なくとも聖書の1書、この場合は「ヨハネ福音書」ですが、それをまるごと、抜粋でもなく、省略することもなく、原語通りに翻訳したものを「聖書の翻訳」と定義していますから、現存する日本語に翻訳された聖書の最古のものは、このギュツラフの「ヨハネ福音書」ということになります。現在、世界に16冊しか現存していませんが、その内の1冊が、東京銀座の日本聖書協会聖書図書館に常設展示してありますので御覧ください。
 これは、シンガポールで印刷されました。木版刷りでカタカナです。1690冊のヨハネ福音書とヨハネ書簡が印刷されたという記録がありますが、福音書63ページ分の版木の彫り費用は151ドル65セント、ヨハネ書簡14ページ分は、33ドル17セント、印刷費は両方で168ドルという記録が残っています。
 当時、この画期的な聖書も、鎖国のため、日本へ届けられることはありませんでした。さらに、無理もないことですが、翻訳に協力した若者は、船員たちで、当時としては、教育も組織的になされていた時代ではないので、当然のことながら翻訳の水準が低く、出版を継続して行うことは見送られました。
 翻訳に協力した3人の若者たちは、尾張の知多半島出身の船員たちで、1832(天保3)年秋、尾張の米を江戸へ運ぶ途中台風に遭い、遭難し、14ヶ月太平洋を漂流した後、米国とカナダの国境に近いフラッタリー岬に漂着し、14人の乗組員の内、この3人が助かりました。その後日本へ送り返し、日本との通商を開こうと考えた英国により、ヨーロッパへ、そしてアフリカの南端を周り、マカオまで連れてこられたところでギュツラフに出会い、ヨハネ福音書翻訳の手伝いをさせられたというわけです。

 そこには、感動的な物語も少なくありませんが、ぜひ、拙著「バイブルロード(出版 教文館)」を、ご参照いただければ幸いです。ギュツラフの聖書も、詳しくご紹介させていただいています。なお、来月以降も続けます「画像にみる日本語聖書翻訳の歴史」ご覧いただくのにも、お役に立つと思います。

聖書  この本は、聖書協会総主事として就任した私が、やがて、聖書の歴史の素晴らしさとの出会いにそれこそ驚喜となり、一気に書き上げたものです。教会の座談の話題として、キリスト教学校の教室での話題のため、お役に立つと信じています。異例のことながら、この書「バイブルロード」をご紹介させていただきます。ご利用いただければ幸いです。なお、この本は、お近くの書店には無いと思いますので、その書店で、出版社名、書名、著者名(佐藤邦宏)をご提示の上、取り寄せるようご注文いただきますようお願いいたします。以上、ご案内申し上げます。

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 OHP化した資料のリスト差し上げます。メールで、添付資料としてお届けいたします。テキストは、マイクロソフトのワードです。これは無償でご提供いたしますので、お申し付けください。
 わたしは、だきるだけ多くの皆様に、聖書のすばらしい歴史、そして聖書の言葉を正確に伝える努力を知っていただきたいために、OHPとして分かり易いものにいたしました。今まで、180ほどの教会、50ほどの学校にお招きいただきましたが、わたしのひとつの召命として、聖書への関心の高揚心の普及に取り組んでまいりたいと思っています。ご利用いただければ幸いです。
2002.Mar.25
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