このコラムでは、聖書の歴史資料、写本、翻訳等を画像でお目にかけようと思います。それはわくわくするような世界です。さらに聖書を身近に感じていただいて、お読みになりたいという意欲をお持ちいただきたいと願ってお届けいたします。
なお、わたしは、これらの画像の内、68ほどをオーバーヘッド プロジェクター(OHP)のフィルムにして、多数の方々に、ご説明しながらご覧いただけるようにしています。ご利用いただければ幸いです。なお、この文の最後にご案内を掲載いたしますので、よろしければご利用ください。
1859(安政6)年、我が国が開国すると、多くの宣教師たちが来日しました。彼らは、まず日本語の習得に勤め、日本人との接触に努力すると共に、聖書の翻訳を目指しました。前回ご報告したようにバプテスト教会の宣教師ゴーブル(Jonathan Goble 1827〜1898)は、1871(明治4)年、「マタイ福音書」を、木版刷りで発行しました。これは我が国で印刷された最初の聖書です。
一方、合前後して来日したアメリカ長老派ヘボン博士(James C. Hepburn 1815〜1911)、同改革派のブラウン博士(Samuel R. Brown 1810〜1880)は、協力して1872(明治5)年、「マルコ福音書」を木版刷りで、1千部印刷出版しました。実は、我が国のキリシタン禁制の高札の撤去が、明治6年のことですから、ゴーブルの「マタイ福音書」も、ヘボン、ブラウンの「マルコ福音書」も、キリシタン禁制時代の、日本の官憲の眼をくぐり抜けての出版であることは注目に値すると言えます。
実は、この版木はその後アメリカ聖書協会で保存されていたのですが、1987(昭和62)年わたしが同聖書協会に返還を求めたところ、「聖書 新共同訳」出版のお祝いとして返還しようということで、現存する15枚の版木の内、10枚が返還されることになり、わたしがニューヨークまで受け取りに参りました。これらの版木を用いて、印刷してみたところ、現代の刷り師と言われる方が、「この彫り師は、これが宗教的な重要な文書であることは知っていました。なぜなら、大量に印刷できるお経などの宗教文書用の固い版木を用いているからです。普通の本なら、彫りやすい柔らかい版木を用いるのですが、この固い版木を用いているのは、彫り師が、その内容を知っていて大量印刷を期待していたからです」。禁制品の印刷に、それこそ命がけで取り組んだ翻訳者もさることながら、彫り師まで、その聖書の重要性を認識して取り組んでいたことが分かります。これらは、版木は、現在も、東京銀座の日本聖書協会図書館に展示してありますので、ぜひご覧ください。

聖書協会総主事として就任した私が、やがて、聖書の歴史の素晴らしさとの出会いにそれこそ驚喜となり、一気に書き上げたものが、「バイブルロード」です。教会の座談の話題として、キリスト教学校の教室での話題のため、お役に立つと信じています。異例のことながら、この書「バイブルロード」をご紹介させていただきます。ご利用いただければ幸いです。なお、この本は、お近くの書店には無いと思いますので、その書店で、出版社(教文館)名、書名、著者名(佐藤邦宏)をご提示の上、取り寄せるようご注文いただきますようお願いいたします。以上、ご案内申し上げます。
OHP化した資料のリスト差し上げます。メールで、添付資料としてお届けいたします。テキストは、マイクロソフトのワードです。これは無償でご提供いたしますので、お申し付けください。
わたしは、だきるだけ多くの皆様に、聖書のすばらしい歴史、そして聖書の言葉を正確に伝える努力を知っていただきたいために、OHPとして分かり易いものにいたしました。今まで、180ほどの教会、50ほどの学校にお招きいただきましたが、わたしのひとつの召命として、聖書への関心の高揚心の普及に取り組んでまいりたいと思っています。ご利用いただければ幸いです。