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「私のヘブライ人への手紙」(みんなで燃えた教会の物語) -教会と近隣社会- |
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「兄弟としていつも愛し合いなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。」 (13章1節) |
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ナオミホームの建築が進むと、隣近所の方から、「何が建つのですか」と聞かれる機会が多くなった。その度に、障害者作業施設の計画を話すのであるが、結構皆さん関心があり、募金に応じてくださる方が、目立つようになった。先に述べたように、お向えの歯医者さんは、待合室に募金箱を置いて協力してくださった。落成感謝の日は、金一封届けてくださる方もあり、恐縮しつつも、教会が、近隣社会に認知され、しっかり根を下ろしつつあることを実感できたのは、嬉しいことであった。 前にも述べたように、教会は、人々のさ中にある説教台、つまり神の言葉、神のご意志をはっきりこの世に告げる場所である。それも、単に、言葉だけでなく、建物、そして出入りする信徒の明るい顔色、活動が、雄弁に神の出来事を人々に語るのである。
町内会の役員さんから、相談を受けたことがある。夏休みになると、小学生たちは、毎朝、6時半から、公園で体操をする。それに協力してもらえないかというのである。喜んで協力することにした。教会の自動車、それはバンタイプの車で、取り外しのできるスピーカーを屋根に付けている。その車を、公園に横付けにして、ラジオから流れる体操の曲を中継するのである。車には、大きく教会の名が書いてあるのだが、それでも結構だとのことであった。子供たちは、教会の自動車の前で体操している。なかなかよい風景であったと思う。 ナオミホームの2階の学生寮に住む学生たちは、「教会のお兄ちゃん」と子供たちから呼ばれていた。地域子供会の野球の指導をしたり、何かと相手になっていた。その他、寮生以外の教会に集う若い人たちの中にも、いろいろなタレントの持ち主がいて、町内の人に喜ばれていた。私も、子供会の世話役を頼まれたが、ほとんど学生たちに頼っていた。しかし、ある時、野外活動をしようと町内会から持ちかけられ、それではと、薩摩半島の西海岸まで貸し切りバスででかけ、地引き網を皆で楽しんだ。私には、初体験だったが、喜んだのは子供たちと学生たちであった。教会学校に来る子供たちも、次第に増えていったのである。 ある日、夜中に、ドアを叩く音で起こされたことがある。近所の人が、息せき切って「血液型O型の人はいないか」とのことである。近くの外科病院で、緊急に手術をしているのだが、血液が足りないというのである。幸いその時は、一人の学生が、輸血することができた。 次の日曜日、礼拝の後、早速皆に夜中の輸血について話し、提案した。特に、若い人たちに「自分の血液型を教会に登録してもらえないだろうか。そして、緊急時にご奉仕できるような体制を、この教会として作りたい」と提案したのである。これには、学生ばかりでなく、教会の信徒の多くも協力してくださった。さほど輸血の件数が多いことはなかったけど、喜ばれたようである。その後、町内でもこれを真似て、血液型の登録が始まり、先に述べたように、教会のこの世に対する啓蒙の役割を果たすことができたのである。 教会が、地域の人から愛され、信頼され、具体的に奉仕できるということは、教会を造り上げる中で、欠くことのできない大切なことであると私は信じている。
次回は、ある宣教師の働きをご紹介します。最盛期には、毎週6クラスのバイブルクラスを開き、数百人の学生、社会人が集まっていました。ぜひ、ご意見、ご質問をお寄せください。お知り合いの方に、このホームページをお薦めください。ご一緒に、お話し合いの上、ご意見等もどうぞお寄せくだされば、幸いです。 ご感想はこちらへ Kuni2sato@aol.com
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