|
「私のヘブライ人への手紙」(みんなで燃えた教会の物語) マッカートニ宣教師のこと |
|
「あなたがたに神の言葉を語った指導者(たち)のことを、思い出しなさい。彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい。」 (13章7節) |
![]()
|
本文に入る前に、その背景について、お知らせしておきましょう。
セドリス マッカートニ(Sedoris McCartney)宣教師は、鹿児島ルーテル教会に派遣された宣教師です。1960(昭和35)年1月、先生ご夫妻は、鹿児島に着任されました。実は、私、佐藤邦宏は、熊本高校の1年生の時、英語を教えてくれる親切なアメリカ人がいると誘われて、マッカートニ先生のバイブルクラスに出席したのが、先生との初めての出会いです。あとで知ったのですが、先生は、ミネソタの高校教師、3年間、熊本の九州学院に派遣された信徒の宣教師で、当時40代後半であったと思います。先生のクラスは、通訳してくださる方があって、お話も夢があり素晴らしく、皆で歌う歌も楽しく、皆夢中になりました。実は、そのお話が、聖書のお話であったこと、その歌が、讃美歌であったことは後で知ったような有様でした。ご自身の体験を中心に話されるお話はすばらしく、多くの若者が、先生の影響と、導きで洗礼を受けました。私もその一人で、洗礼を受けたのは、高校2年生のクリスマスでした。先生は、帰国後、神学校に学ばれたと聞きました。 マッカートニ先生は、神学校を終え、牧師としての宣教師になって再来日されると、ちょうどその年牧師になったばかりの佐藤と共に働こうというので、志願して、2年の日本語研修を終えた後、鹿児島へ赴任されたのでした。宣教師でありましたが、鹿児島大学は、先生を講師として迎え、教鞭をとられる一方、教会では、英語によるバイブルクラスを始められました。たしか、毎週5クラスから、7クラス開いておられ、集まる学生も、毎週合計200人以上になろうということで、中には、大学教授等、さらには、一般のサラリーマン、OL等もたくさん出席していました。 1961(昭和36)年10月12日から15日まで、鹿児島市から、錦江湾対岸の桜島の野尻町にある児童養護施設「桜島学園」で、バイブルクラスの参加者を中心に、ワークキャンプが49名の参加者を得て行われました。全員、鎮守の社に隣接する公民館に泊まり、食事も交代で自炊をしました。 その時の記録文集「いしがき」から、先生が書かれたものの翻訳です(原文 英語)。
「いしがき」の思い出・セドリス マッカートニー 「桜島を見る度に、その頂から吹き上げる白い噴煙を見ることができます。その噴煙の行く手には、小さな村があり、草葺きの屋根が、溶岩の間に見え隠れしています。岩とミカンの木が、錦江湾に影を落としています。見るたびに、わたしは、この秋のワークキャンプでの、楽しい思い出に耽るのです。 あのグレーの公民館、4日間のわたしたちの宿であったあの公民館、その隣には、小さな神社がありました。最初の朝を思い出します。わたしは、毛布をかぶって、畳に横たわっていたのですが、早朝、目を覚ますと、まわりに同じように、毛布にくるまった学生たちの頭の向こうに、朝の光が射しているのが見えました。西牟田さんが、「もう朝だな。朝はほんとうに早く来るな」とつぶやくのが聞こえました。毛布は、ごそごそと動きだし、眠そうな顔があちらこちらからのぞいて、「本当に朝はすぐに来るな」と眠そうにつぶやく声が聞こえました。 その次に思い出すのは、すっかりお腹をすかせた顔が、低いテーブルに並んでいる様子です。それが、朝食であれ。昼食であれ、また夕食であれ、皆の目は、部屋の片隅の台所に注がれるのです。炊事当番が、一生懸命に用意する食事、それがテーブルに届くのを待ちかねたように、そしてまた食前の感謝ももどかしく、皆赤い箸を忙しく走らせるのです。 やがて、そのテーブルの廻りに、若い者たちの真剣な、そして思慮深げな顔が並び、聖書の学びと討論が始まります。人生とは何か、我らは何を為すべきか、そしてそれを導き、助けてくれるものは何か、皆真剣でした。
わたしの思い出は、公民館のすぐ近くにある、親や養育者の無い45人の子供たちの養護施設、瓦屋根の「桜島学園」です。公民館から反対側になるのですが、洪水で破壊された洪水防護壁があります。その修復に学生たちは、作業着、担い棒、籠、シャベルなどを持って、石垣の再構築に挑んでいるのです。
担い棒で大きな石、いや岩を二人で担い、運び、積み上げるのです。また、洪水に壊されぬよう、少しでも高く積み上げようというのです。肩と腕が道具です。わたしは、学生たちが、その心と熱心さで、他を助けようと取り組んでいるのに、いたく感動を覚えました。 いや、それ以上にわたしの思い出に、深く焼き付けられたものがあります。一人の男の子が、大学生の肩に乗ってはしゃいでいました。彼らは、昨日初めて出会ったのでした。松の木の陰で、一人の女子学生が、一人の女の子の肩に手を置いていました。二人とも、本をのぞき込んでいて、女子学生は、妹にでもするように、その本を読みながら説明しているのです。他の学生は、数日だけの弟となった男の子を、ブランコに載せて押してやっています。小道を下って行くと、他の学生が、二人の男の子と手をつないで歩いています。男の子たちは、彼の両手にぶらさがるように、まつわりついています。楓の木の下で、学生のお兄さんが、弟と、鬼ごっこをしています。海岸の砂浜では、別の女子学生が、女の子と、静かに話し合っています。わたしは、石垣が築かれると共に、心の石垣、兄弟愛、姉妹愛、そして親愛の思いが、一人一人の子供たちとワークキャンプの学生たちとの間に築き上げられていくのを感ずることができました。 一方、わたしは、悲しそうな子供たちの声や、病気の子を背負った疲れ果てた母親の列も見ました。希望の光を失った老人たちの目も見たのです。このワークキャンプに、実は医学部の教師や大学の薬局の人たちも参加していたのです。もちろん、彼らは、診療することはしませんが、そのことを聞きつけた地域の老人たちや地区長さんから、話だけでも聞いてもらいたいとのたっての願いで、全く予想外のことでしたが、村役場とも相談して、アドバイスだけをすることで、承認していただきました。この地区は、無医地区であったのです。診察したり治療すればもちろん違法行為になるので、無料で、ただ話を聞くだけということになったのです。ワークキャンプに参加していた医学部助教授も、インターンの医学生も、やさしく頷きながら、彼らの訴えを熱心に聞いてあげて、アドバイスをしておられました。それで充分だったようです。
わたしは、あの夕日を忘れることはできません。錦江湾の対岸に見える鹿児島市の彼方に夕日が沈むのです。太陽は、燃えるような色になって、それこそ厳かに沈んでいきました。わたしたちの宿である公民館の廻りにある松の木の根に座って、皆、瞑想や物思いに沈んでいたようです。わたしは、白いシャツが、岩場でじっと佇むのも見ましたし、繋ぎ止められている小舟に乗って、夕日をじっと見つめる女子学生の姿も、今でも目に浮かぶようです。静かに、夕べの美しい輝きの中で、心に、夢、信仰、人生の目的などについて、それぞれ自らに問いかけていたのであろうと、わたしは信じています。 この夕暮れの光景は、闇の中に静かに薄れていきます。ある夜、中央の友情の灯りから、それぞれ手にしたローソクに火を移しました。海岸から、波の音が、バックミュージックのように聞こえます。皆で、4日間のワークキャンプで得たものを、分かち合いました。ローソクの火に浮かぶそれぞれの顔は、他の人の語る言葉に、美しく輝いて見えたのは、忘れ得ぬことです。 わたしの番になりました。わたしが最後です。きらきらと輝くように、そして神の霊がわたしの中を走り回るような思いでした。彼らの利己心の無い、子供たちへの真実の愛にわたしの心は燃えたのです。しかし、その時思ったのは、霊的真実、成長、真理を飢え渇くように求める無垢なる心、わたしたちの心と全てを満たし、それに従うことを心から願うものは、何であるかとの思いでした。それは、まさに神を飢え渇くように求める、わたしたちの幼子のような心、霊魂そのものです。 今日もまた、桜島から、静かに噴煙が立ち登っています。それと同じようにわたしの、一人一人の参加者のためへの祈りも、きっと天に届くと信じます。野尻のワークキャンプの場に残してきたわたしたちの思い、精神、そして心は、けして滅びることなく残ると信じます。いや、それは大きく育つと信じます。そしてわたしたちを神の許へ伴ってくれるに違いありません。」
マッカートニ先生は、ご夫人のご病気のため、1963(昭和38)年6月15日帰国されました。6月1日に、鹿児島大学学生食堂で感謝会と送別会をいたしましたが、参加者140名と記録されています。先生の鹿児島滞在は、僅か3年半でしたが、多くの人々が、その人柄に触れ、先生によって聖書に触れ、忘れ得ぬ青春を過ごすことができました。 夫人は帰米後間もなく亡くなられました。その後先生は、米国の病院のチャプレンとして30年余り働かれましたが、1995(平成7)年2月20日天に召されました。私、佐藤邦宏は、米国に行く度に電話で先生とお話ししましたが、終わりの10年ほど、ついにお目にかかることができませんでした。先生のお墓は、ミネソタ州にあります。 マッカートニ先生、ほんとうにありがとうございました。
以上で、「私のヘブライ書」(みんなで燃えた教会の物語)は、終わります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。日本の宣教の問題として、一人の牧師に過ぎない私は、それなりに取り組んで参りました。この問題も、未だしという思いですが、検討と、前進のお役にいささかでも立ちますのであれば、まことに嬉しいことだと思います。また、新しい問題に取り組みたいと思います。ご指導のほど、お願いいたします。そしてご意見などお寄せいただければ、幸いに存じます。 次回から、「聖書各書解説(仮題)」をお届けしたいと思います。創世記からヨハネ黙示録まで、全聖書の書毎の解説と、章節を追って何が書いてあるかの簡単な文章と表です。聖書を、お読みになるのに、より読みやすくするお役に立つと思います。特に、これから聖書を読んでみようという方に最適と信じています。お知り合いの方々にもお勧めくださってご利用ください。全部掲載するのに、月1回更新で、3年以上かかる見込みです。どうぞよろしくご利用ください。 皆様の上に、神さまの祝福が、豊かにありますように。 ご感想はこちらへ Kuni2sato@aol.com
|