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「私のヘブライ人への手紙」(みんなで燃えた教会の物語) -教会の役目 5- |
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身体障害者の作業施設といっても、どこからどう手を付けていってよいのか分かるものではない。先に述べたように、当時の福祉の世界というものは、その経験を分かち合うほどに成長していなかったし、誰に聞いても教えてもらえないとなると、自分たちで考えながらやる以外にはないということになったのである。 幸い、教会の身障者たちの中に、手芸をやろうという人たちが多かったので、まず、そのあたりから手をつけようということになった。教会の敷地の、表通りに面する一角に新築することになった。 その頃、コロニーという言葉が人々の関心を集め始めていた。身障者などを集めて、村を作ろうというものである。勿論、生活に便利がよいように、いろいろ工夫がされるのだろうが、これは、聞こえはよいけれど、隔離政策に過ぎない。通常の社会生活の中で、手足まといになる身障者を一カ所に集めて、そこにどのように天国のような場所を設けたとしても、それが社会全体から見て、特別な部分である限り、それは隔離でしかない。これは、生産性の高さが要求された高度成長時代の発想であった、低成長時代と言われる昨今ではついぞ聞かれぬ声である。大切なことは、社会の全面において、人間の住む所はどこででも公正なハンディキャップが皆から与えられて、皆と一緒に社会生活ができるようにすることが望ましいのである。これがまさにバリアフリーだと思う。
建てるには資金が要る。資金は作らねばならない。教会はみずから稼ぎ出すことはできないので、結局、献金や寄付金による以外にないのである。設計は、末松君と米君、鹿児島大学時代一緒に洗礼を受けたコンビで、二人とも一級建築士である。施工業者は上園組、礼拝堂を建てた業者である。ここまでは、すんなりいったのだが、建築に要する資金は、見積もりによると約700万円である。延46坪の鉄筋コンクリートだから、今思えば随分安いものだが、なにしろ資金は、それまでに集まった100万円があるだけだから、大変である。とにかく募金が始まった。 募金をする際、私たちが積極的に考え、また訴えたことは、生産性だけを追求する社会が、それだけではいかに人間をだめにするか、それが身障者の上に端的に現れているという点であった。教会はこの働きを通して、人々に知らせたい。皆さんと共に、考えていきたいと強調したことであった。 このような募金には、豊かだと思われる人よりも、このような方がと思われる人の方がよく協力してくださる。道を隔てた向かい側の歯科医の先生は、待合室に募金箱を置いて集めてくださった。1968年、業者とも相談して着工したが、工事が始まると募金にも拍車がかかり、完成までには、500万円を超える応募があった。
10月の開所式、落成式には、市長さんや、社会党の衆議院議員の方も来られてご挨拶をいただいた。多忙な中をおいでいただいたのはありがたかったのだが、革新系の市長さんのもとでも、福祉というものは形通りのことであって、市としての発想の転換をそれまでに何度かお話ししたのだが、結局取り上げてもらえなかったのである。ただ、市長さんたちが来られるというので、テレビや新聞などがやってきて、いろいろ聞いていったので、精一杯日頃の主張をぶちまけたものである。 そのことの成果であるかどうかはわからないけれど、数年後、県がより大型の、より充実した作業施設を作ったので、教会のこの働きは、まず第1段の役目は終わったのである。 きわめて大切なことだが、鹿児島教会でこの仕事を始めるのに、これを継続的な教会の働きとはしないことを、教会員の間で始めに確認したのである。これは人間の仕事であり、社会全体の仕事であり、けして教会がやればそれで済むというものではないと考えたのである。 確かに、日本の教会は、明治の初めから多くの社会福祉事業を手掛けてきた。それにはそれなりの意味がある。しかし、これは、教会のみの働きに止めるべきではない。社会に生きる全てのものの責任であるということを人々に教える役目が教会にあるのではないだろうか。教会は、啓蒙という役割についてもっと考えてよい。私たちが、この働きのために大きな顔をして募金をしたねらいはそこらにあった。 先に、私たちはこの働きを「ゲバ棒」と呼んだと申し上げた。その意図は、まさに、社会に対して訴えるという意図があったことを示したかったのであった。 このような考え方で、こうすれば、こうなる、これを具体的に世間に示していくための一つのアクションというわけである。
教会には、しなければならないことが山のようにある。特に、社会が人間を人間としていない社会、またそのような状況の中では忙しい。私たちに力があれば、これはこうしたらいい、あれはこうしなければならないともっと大きな声で言いたい。しかも、自らの実践を伴なわなければ説得力はないのだから、そうなれば、力はどれほどあっても足りないし、時間も足りるものではない。どうしてもできることから始めようということになる。それが、まず身障者の作業施設であったというわけである。そしてその役目がひとまず完了したならば、次の目標へ向かって進もうというわけであった。 どうしても理解していただきたいのは、教会というところは、何かをする所ではなく、何かをするための発想の原点が、まず明らかになる場所であるということである。つまり、鹿児島教会は、障害者の作業施設を経営するために存在するのではない。身障者といえども、同じ人間として生きるには、どういう根拠に立って考え、どのような方法でお互いの生活の場を築いていったら良いかを聖書に聞き、それを示すために鹿児島教会は存在しているのである。それを示す手段としてこの施設があると考えたのである。 この施設を「鹿児島ナオミホーム」と名付けた。それは旧約聖書ルツ記によるもので、ルツの母、ナオミの名が「快い」という意味であることによる。(ルツ記1章20節) (月末更新予定の次号に続く) 次回は、月末25日頃の更新を予定しています。ぜひ、ご意見、ご質問をお寄せください。お知り合いの方に、このホームページをお薦めください。ご一緒に、お話し合いの上、ご意見等もどうぞお寄せくだされば、幸いです。 もし、まだキリスト教会へお出になったことがないのであれば、この機会に、ぜひ、お近くのキリスト教会へ行って見ましょう。初めてであっても心配はご無用。歓迎されますよ。教会の表の掲示板で、礼拝やミサの時間を確かめましょう。日曜は、主の日、多くの教会では、この日に礼拝、ミサが行われます。 ただ、教会は、その歴史と伝統によって、式次第や雰囲気が違う場合があります。自分の肌に合わないと思ったら、さらに別の教会にも、行ってみましょう。 教会は、あなたに献金や、参加を強要したりすることはありません。献金は自由意志です。目的に賛同できれば、ぜひ、ご協力ください。また、最初から言うのも変ですが、退会は自由、行くのを止めれば、それでよいのです。 しかし、せっかくのあなたのご決心ですから、しばらく続けて出席してみましょう。お困りのことがあれば、どうぞ、メールでお知らせください。ぜひ、教会へお出でください。 ご感想はこちらへ Kuni2sato@aol.com
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