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「私のヘブライ人への手紙」(みんなで燃えた教会の物語) |
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「私のヘブライ書」は、1977年7月号から78年7月号まで、11回にわたり、日本福音ルーテル市ヶ谷教会の月報に連載したものに、少し手を加えたものです。なお、聖書は、日本聖書協会発行の「聖書 新共同訳」を用いました。連載当時は、同協会の「口語訳」を用いましたが、1987年、「新共同訳」が発刊されたため、同聖書に入れ替えました。 教会とは、どのような所か、どのような気持ちで、人が集まるのか、少し楽しく、その裏面まで含めて書いてみました。ぜひ、最後まで読んでください。そしてぜひ、教会へ行って見ましょう。お待ちしています。そして、キリスト教会へおいでになって、もし疑問・質問があれば、どうぞメールで、私宛てにお問い合わせください。ご相談もお受けいたします。また、ご感想などもお待ちしています。 |
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プロローグ 最近、宗教が、人々の話題に上る。それは、宗教に扮した、まことに異様な組織、団体がマスコミを賑あわせ、財産を奪ったり、最も宗教が守るべき人の生命を奪ったりすることが続発しているからである。真実の宗教を知ることのできない日本人は、不幸である。必ず、未来に悔いを残す。 キリスト教会は、宗教の真実を、もっと大胆に語り、広く知らせねばならない。私は、牧師として、教会を通して、多くの方々に、宗教の真実を伝えてきた立場から、その記録の一端をご紹介し、ささやかであっても、人類、そして生きとし生きるものの未来に貢献をしたいと願うものである。 以下、数回にわたり、その足取りをご紹介したいと思う。それは、ハチャメチャな教会と、そこに集った人たちの成長の記録である。さらに、この教会は、私、佐藤邦宏が、最初に牧師として、招かれた教会であり、私は12年間この教会、鹿児島ルーテル教会の牧師であった。この教会の、表も裏も、全てご紹介しよう。そしてキリスト教会は、尋ねてみるのに、素晴らしい所であり、どのような思いで、人が集まっているのか、私の体験からお知らせしたいと思う。そして、これはとても大切なことだが、教会というものは、人の計画、人間関係等も大切だが、それ以上に大切なことは、教会が、聖書に根ざしているということである。それで、この12回に及ぶ文書を、具体的に、新約聖書の「ヘブライ人への手紙」と、同時、平行的に読んでみようと思うのである。ぜひ、その都度、聖書を合わせてお読みいただきたいとお願いする次第である。 私は「教会成長」について、自分の言葉で考えたいと思う。一人の牧師、否キリスト者として、日本のために真剣に祈りたいと思う。私は、日本人の救いはキリストによって明らかにされた福音以外にないと信じているから、地上での生命の尽きるまでこの福音を宣べ伝えたいと思う。
「ヘブライ人への手紙」それは聖書 新共同訳の新約聖書401ページから420ページまでを占める一三章にわたる手紙、つまり書簡である。新約聖書に収められた手紙の内、3番目に長いこの手紙は、いつ、どこで、誰が、誰に宛てて書いたものであるかは分かっていない。原文は、大変美しいギリシャ語で書かれているのだそうである。私は、ギリシャ語は、拾い読みしかできないから、そう聞くと残念な気がしないでもない。やはり、原文で読んでみたいものだ。 さて、「ヘブライ人への手紙」である。この手紙は、パウロの手紙のような神学的な迫力はない。また、文学作品のような中立性、普遍性に乏しいかもしれない。しかし、ヘレニズム文化の深い教養を持つこの著者の文章には語りかけがある。時代の状況を直視して、情熱に満ち、しかも牧師としての牧会的配慮に満ちている。 彼がこの手紙の受取人として目指した人たちの中には、信仰を得てから時間がたち、あるいはその子供たちということで、いささか緊張を欠き、中には信仰を捨てることを何とも思わない人もあった様子である。 そのような行為が、どれほど伝道者や牧師を苦しめるか、この著者がそれと戦っている有様が、その文章の中に見える。私には、その内容とともに、著者の人間的な苦闘を読みとることができるように思う。 そこで、私の道と「ヘブライ人への手紙」の著者のそれと重ねてみたくなった。それで、自由な気持ちで、この手紙を読んでみたいと思う。これは、私の聖書研究である。そしてこれを読んでくださる方が、それぞれ自らの道を、重ねてみていただければ面白いと思う。そして、この手紙のみならず、他の文書にも自分自身重ねてみて、聖書から自分を読み取っていただきたいと思う。 もちろんその逆は困る。つまり、自分の経験を中心に聖書を読むということである。これは絶対に止めなければいけない。
さて、私は、1958(昭和33)年4月、日本福音ルーテル教会の牧師に就任した。それ以来鹿児島、箱崎(福岡市)、東京市ヶ谷各教会の牧師の働きをなし、財団法人日本聖書協会の総主事を12年務めて、1999年3月末、定年で退職した。これは、一人の人間の人生と、共に生きてきた妻や子供たち(皆、鹿児島で生まれた)、家族にとってもひとつの節目となった。そこで、自らの軌跡を書き残しておきたいという誘惑にかられるのは自然であろう。 でも一方では、人々に激しく語りかけ、美しい遺産を私たちに残しながら、学者たちの必死の追跡から自らを隠し通した「ヘブライ人への手紙」の著者のことも心に残る。 日本の宣教はもちろん終わっていない。それどころか、正しく神に出会う道を知らず、いまだに同胞はさまよっている。私のそれがどれほどの役に立つのか、それは分からない。しかし、私なりに人々と共に生きてきた道は、どこかで私の思いを離れて動き出すかもしれない。やはり、私は書いておこうと思う。私のことは書くまいと思う。私の廻りに起こった神のできごとを、「ヘブライ人への手紙」の著者の心とともに書いておこうと思う。そして、「教会成長」を課題として歩いてきた私の道を、いや、神の軌跡を書いていこうと思うが、いつ果てるかしれないこの悪文に、寛容をもっておつきあいいただきたいと思う。以来40年余、教会の成長、すなわち福音の宣教をめざして、今日まで歩んできたのであるが、その一部を記録して、皆様のお目に留めたいと願うものである。 それは、勿論、私が年老いて来て、自らの足跡をいささかでも残しておきたいと願う、自分史のようなものかもしれないが、いまだに、福音の生命が、なかなかこの国に根付かないという無念の思いが無いと言えば嘘になる。その思いを、ご紹介して、お読みいただく方々のご批判、あるいはもしかして、いくらかのご理解、ご賛同を得たいという人の思いによるのかもしれない。ぜひ、お付き合いいただいて、いくばくかのお力になり得るなら無上の喜びとさせていただきたい。
ぜひ、キリスト教会へおいでください。もし、ご不明の点、ご質問等ありましたら、私宛メールでどうぞ。ご感想も、お聞かせください。 ご感想はこちらへ Kuni2sato@aol.com
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