聖書と差別

 

 聖書が断片的に書かれたのは、キリスト降誕前(BC)1千数百年前のことであり、今わたしたちが手にする聖書のようにまとめられたのは、3世紀ころのことである。

 当然、現代に生きる私たちが聖書を読むとき、さまざまな差別の事例に出会うのは、当然と言えるであろう。しかしその中で、イエス・キリストが、重い病気、それも差別を受けているような病気を癒された記事など、福音の本質に関わる記録なども伝えられている。

 ところが聖書は、申命記4章2節、そして新約聖書「ヨハネの黙示録」22章18―19節にあるように、一切の書き換えを拒否しているのである。「また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる」(ヨハネ黙示録22章19節)すなわち、仮に差別に関わる言葉があっても、取り除いてはいけないというのである。それは、3千年に及ぶ聖書の歴史が、一つ一つの文字をさえ大切にして、幾世代にもわたり、一貫して変わらない神の言葉、そして聞く者の基準を保とうとする意志が働いている。つまり、2千年前も、千年前も、今はもちろん、千年後も、その後も、全く変わらない信仰の基準が、聖書に示されているとの、神の意志なのである。

 あの時はこうだったが、今は違う。あそこではこうだったが、この国では違うということが、全く無い、それが聖書である。それでも、たとえば差別、不快語などは、その時代にふさわしく、解るように表現しなければならない。それが、聖書翻訳、そして聖書注解、聖書解釈の使命である。例えば、1996年、我が国の法律から、「らい」という文字が消えた。「ハンセン病」という通称は残されたが、長らく差別に苦しんだ方々、運動に取り組んだ方々には、一つの勝利と言うか、大きな山が越えられた。

 さて、聖書である。教会の全国総会、教区総会などで、聖書のこの問題についての訳語を訂正するよう、日本聖書協会に求められた。もちろん、聖書時代に存在したこの病気を消し去ることはできない。といって、「ハンセン病」 という訳語はふさわしくない。それで、当時日本聖書協会の総主事であった私は、専門家、廃止運動をなさった方々のご意見も伺い、1996年11月から印刷する聖書の該当する訳語を「重い皮膚病」と改める決断をした。この訳語は、完全ではないと今でも思う。しかし一つには、イエスご自身が、この病の患者を哀れまれたことが、その働きの本質を示す事例として聖書には記されている。そのような問題を残しながら、1聖書協会の問題に留めるのではなく、教会の問題、特に宣教の問題として、今後も議論し研究し、将来行われるはずの、新しい聖書翻訳 まで、皆で議論をしていただきたいと、その現場に立たされ、一つの決断をさせていただいた者の一人として、心から願うものである。


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主の祝福を。                         佐藤邦宏


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