
聖書はなぜ天地創造物語で始まっているのでしょうか。 以下、わたしが書きました本、「聖書 日々味合う最高の世界遺産」(燦葉出版社)からご紹介いたします。以下その本からの引用です。(20―23ページ)
聖書は「初めに、神は天地を創造された」という言葉で始まります。そしてこの「創造」という考え方が、聖書を底流のように一貫して流れています。しかも、創造されたものを、神は「極めて良かった」というのです。つまり、神がその存在を必要と思い、創造されたものは完全であった、すなわち「神の思い通りに実現した」、「会心の作である」と
創造者が言われたというのです。
「神は言われた『光あれ。』こうして光があった。」(創世記1章3節)また、神が「言う」ということが。ヨハネ福音書にも書かれています。もちろん、「言う」というのは、言う者の意志、考えが、「言葉(言)」によって相手に伝えられることです。言葉は、自分の心にあることを、相手に伝える手段なのです。
「初めに言があった。言は神と共にあった。{中略}万物は言に よって成った。成ったもので、言によらず成ったものは何一つなかった。 言の内に命があった。」
「神が心に思うこと、つまり神の意志」が、言葉で表現されたという のです。そしてその意志が、創られた者の内に、思い通りに実現したというのです。{中略}
創造とは、材料を加工して製作するのではなく、「神=創造者」 の意志が、「創られたもの=被造物」に実現するということです。{中略} しかも、その創造主である神は、それから後も継続してご自分が
創られた被造物に、積極的に関わり続けられ、被造物が神の「創造の意志」を実現し続けてくれることを期待しておられるのです。
この本は、私の牧師としての体験から、新しく教会に見えた方、 あるいは聖書を読んでみたいと思っておられる方々に、聖書の要点を、 また読むこつを分かりやすくお伝えしたいとの願いから出来上がって
きたものです。神の「創造の意志」をキーワードに、30年お伝えして きたものです。どうぞ、聖書を読んでみたいと思っておられるお知り 合いの方々にお勧めいただければ、ありがたいと思います。
次回も、この本から、「創造の意志」を失ってしまった人間は、 どうなるのか、そして、失われた神の「創造の意志」は、どのようにして回復されて、人間の創造の原点に、どのようにして復帰できるのか、
ご案内してまいりたいと思います。ぜひ、ご覧ください。
次回は、11月初旬の更新をめざしています。未熟で、なかなかうまくいきませんが、お助けをいただいて、実現したいと思います。
できるだけ早く、毎月更新を目標にしたいと願っています。ご意見等、どうぞお寄せください。
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