聖書は難しいか

     答えはノーです。
 わたしは、何とか「聖書は、大変分かりやすく、多くの人に、本当は、全世界の人にと言いたいのですが、わたしたちにとって、とても大切な文書で、「生きる」ことの本当の意味を知ら せてくれるものです。
  恐れることを止めて、聖書にチャレンジしてみましょう。このホー ムページは全体として、「聖書を分かりやすくしよう」というのが目 的で、幅広く聖書の世界を知っていただきたいというのが、わたしの 願いです。

 そこで、恐縮ですが、わたしが、99年3月に出版した本の中から、 一部をご紹介しましょう。本は、「聖書 日々味会う最高の世界遺産」 というタイトルで、燦葉出版社から出版したものです。お近くの書店 に、ご注文いただけると幸いです。さて、その「はじめに」から、8 ページです。

 「日本人ほど、聖書に興味を持つ人が、人口の比に対して多いのは、 世界でも珍しいのではないかと思われています。(中略) 日本では、キリスト教関係の専門書店でも聖書は売られていますが、一般書店、つまり町の本屋さんで、かなりの聖書が売れています。教会には行かないが、聖書は読んでみたいと思う人が多いようです。(中略) その理由の一つに、近世において、日本人が、聖書や教会に初めて触れたころの特殊な体験があるのではないかと思うのです。幕末の頃、 まず最初に聖書に出会った人たちは、どちらかと言えば、身分教養の 高い人たちであり、まだ、キリシタン禁制時代だったので、当然こっそり読みましたから、常にうしろめたさがつきまとっていたことでしょ う。 (中略)

  特にアメリカから招かれた教師(幕府や藩校などに招かれた 主としてアメリカからの教師)の多くは、元軍人であった人や、母国で教育に当たっていた人たちが多く、しかもその多くがキリスト者で、 穏やかさの中にも厳しさと、背筋をきちんとした教育方針を取る者が 多く、それは当時、零落した下級武士たちの心に触れ、受け容れられ ていったようです。彼らは、ピューリタン(清教徒)の流れで、いわゆる「禁酒禁煙」で言い表される厳しい生活規範をもたらし、それに 従うことを求め、以来、現在も「禁酒禁煙」が、キリスト教の教えと 一般的に受け取られています。(中略)」

 キリスト教会が、「律法」・「掟」・「学び」・「聖書研究」などの言葉 を、今でも多用しているのも、聖書は難しいものという思いを多くの 人々に植え付け、人々を教会から遠ざける結果になっていることを、 無視するわけにはいきません。

 このように、「聖書は難しい」という思いが、日本人に蔓延しています。いま、日本は、多くの問題に取り巻かれています。日本の将来 への不安も、次第に大きくなっていっています。聖書には、その答え があります。わたしは確信しています。「聖書を読んでみよう」それ が、問題の所在を見いだす道であり、より明るい未来を生きる道にもつながっているのです。そのためのホームページです。聖書を分かり やすく、これがわたしのねらい、そして願いです。ぜひ、多くの方と 共に、ご覧いただき、ご利用ください。


 

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